円成寺の紅葉

円成寺(えんじょうじ)は奈良市忍辱山町(にんにくせんちょう)にある真言宗御室派の寺院。山号は忍辱山、Img_11921本尊は阿弥陀如来。Img_11931

奈良市街東方の柳生街道沿いに位置する古寺で、運慶の作品としてはもっとも初期に属する大日如来像を所蔵することでなだかい・・・と言うことです。  

足腰が動かなくなり、靴下を履くことも困難・・・

治療のために月ヶ瀬まで主人が温泉治療に連れて行ってくれました。

せっかくココまで来たのだからと柳生方面へ

息子の剣道の試合で良く来たところでしたが、円成寺は知らなかったです。

主人は良く知っているようでガイドをしてくれました。

紅葉が見事でした。

気分爽快です。                                 

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すばらしい日の出

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毎朝5時に起床

主人と息子のお弁当作りがスタート

まだまだ外は暗いのでカーテンを閉めているのに、今日はなぜかカーテンをオープン

7時前、食器棚のガラスに映ったオレンジ色の日の出Img_11441

思わずカメラを持ってImg_11431_2庭に出ってしまった。

最近自然の素晴らしをみると涙がぽろり・・・。

自然と手と手が重なり拝んでしまう。

家族の健康と、息子の大学合格

今日はきっとすばらしい一日になりそうな???

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男女共同参画条例でどうかわる?

~どうかわる!私たちのくらしとまち~
「子育て」「介護」・・・男女共同参画条例でどうかわる?第一部「私の子育て,孫育て,自分育て」第二部では「私の介護体験,地域福祉の現場は?」をテーマにパネラーの方の体験談や現場のお話を聞かせていただき在宅介護の厳しさにはお話を伺っていると目に涙がたまってきました。「介護は女性の仕事」といった風潮がまだまだ存在しますが今回は男性の方が奥様の介護をお世話され在宅介護のきびしい現実を聞かせていただきました。しかし現在は在宅介護支援センターの方に出会って大きく変わられたそうです。ふさぎがちだった気分が笑ったりすることで,朗らかになり,リフレッシュされ,また介護に頑張るぞと。又,もう一つの心の支えとなられたことは民生委員さんとの出会いで,福祉サービスがあることを知り,利用するようになった事だそうです。

このように今はできるだけ地域で必要なサービスを提供できる支援センターがあります。
私には75才の実母がおりますが,ありがたいことに毎日元気に私たちを見守ってくれています。母がいつまでも元気に過ごしてくれるよう私たちも母を支えてゆきたいと,今回参加して実感しました。


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発明者 池原 智恵子先生ご紹介

介護ズボン(特許 股ぐり全開ズボン)特許 第3466531号

池原 智恵子先生の発明までの道のり

「平成8年に,私に主人と共に老後をのんびりと暮らすため,それまで慣れ親しんだ大阪を離れ,息子夫婦の大分へと移転してきました。

ところが環境の大きな変化から思いがけず体調を崩し,入退院を繰り返すようになってしまったのです。何度となくトイレ介助が必要な状態となり,家族の手を
煩わせてしまうことも度々・・・。

そしてその度に自分の中で,家族に対する申し訳なさやまた恥ずかしさ,抵抗感などが次第に大きくなっていったのです。オムツを使用しますと,安心感からそれに頼ってしまい,自立への前向きな意欲も次第に失われてしまいがちです。

また,更には認知症へと移行してしまう可能も否めません。私の発案したこのズボンを一人でも多くの方々に知って頂き,身体の不自由な方や高齢者が,明るく楽しく前向きにすごして頂けたら・・・そしてそのお手伝いができたらと考えています。」

発明者 福祉/介護服デザイナー・洋裁講師 yomiurinewspaper newspaper2

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プロフィール

私と池原先生との出会い

23年が経ちました。
                                                  
自身の人生の半分にもあたる年月を池原先生とお付き合いをさせていただいています。なんとなく日々が過ぎて行くOL生活にピリオドを打ったのが22才の時でした。一生続けていける仕事を探したい,と模索していたときたどり着いたのが「洋裁」でした。
ご自身で主宰されていた洋裁教室を,職場の先輩に紹介していただいたのが池原先生との出会いでした。

洋裁のA~Zまで,あるいはそれ以上の「技術」を先生から教えていただき,お客様から注文を取れるぐらいまでの洋裁の「技術」を身につけることができました。

25才で自身のアトリエを設立し,プロとして洋裁のお仕事を始めました。どんなお仕事でも同様でしょうが,プロとして仕事を続けて行くことの厳しさ,やりがいも体験することができました。

そして,どんな時にも私のそばには池原先生がいてくださいました。28才のとき,主人と出会い結婚。出産・子育てとあっという間に過ぎていき,忙しさに「洋裁」のお仕事も中断。その間,池原先生ご自身も九州へと引っ越しされ・・・・。

そして今回,また新たな先生との出会いがありました。ご自身の体験を通して発明された
素晴らしい商品の販売をお手伝いさせていただくこととなりました。                                                               

     生駒ラッキーガーデンにて撮影
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